明治期は南進するロシアからの防衛の、大正~昭和は大陸進出の拠点だった旧舞鶴鎮守府を守るよう配置されていた砲台郡の1つ。建部山堡塁砲台跡地を散策してきました。大日本帝國が先の大戦で敗れて遺棄されてから久しいですが、レンガ造りの砲台倉庫は良い状態で残っています。
結構スパルタンな道程
地元のライオンズクラブが山道の整備等をされているのですが、特に普段山道なんて歩かない自分にとってはかなりスパルタンでした。目的地までは大体20~30分くらいでたどり着けますが、道中藪を抜けないといけなかったりで最低限の山道を歩く装備は必要です。
農道をテクテク歩いていくと登山口に。
地元のライオンズクラブが管理されているようです。
道自体は一本道なのですが、、、
道中藪を掻き分けないといけなかったり、、、歩きやすい靴と、長袖長ズボンが吉です。
砲台跡に到着
大凡で20~30分程度の軽いトレッキングで目的地に到着出来ます。
流石に遺棄されてから70年以上経過していると、それなりに自然に還っているのですが煉瓦造りで構造物自体はしっかりと残っています。
砲弾を保管する倉庫として使われていたそうです。
カマボコ型の弾薬倉庫内。訪れたのは5月の初旬でしたが気温は30度近くでした。でも中はヒンヤリと涼しかったです。
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